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イルカ
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電話046−
252−6400

 
 院長紹介
<院長経歴>
   1982年 鶴見大学歯学部卒
       東京医科歯科大学歯科保存学教室入局
   1988年 村瀬歯科医院開設
   2003年 むらせ歯科医院としてリニューアル

<所属>
   ・相模原歯科医師会会員
   ・日本歯科医師会会員
   ・相模原デンティストクラブ会員
院長 村瀬慶次
◆    ◆    ◆    ◆    ◆
鶴見大学歯学部在学中は口腔病理学の秋吉正豊教授に多大な影響を受け、3年から卒業まで約4年間、英語とドイツ語の輪読会に参加し、古い文献を学ぶ事で医学的な基本を教わる。同時に臨床的なテクニックは当時自費診療のみで開業し、技工も自分でやっていた大津晴弘先生に学んだ。大学卒業と同時に東京医科歯科大学歯科保存学教室に入局する事となり、広範囲な臨床に触れると同時に大学病院での臨床の限界も感じるようになる。その後沖縄県那覇市の診療室で働いたことで、歯科医にとってやり易い診療ではなく、患者さんが受けたい診療をして行く方針と、自信を確立する。
平成元年に相模原市相武台で開院し、現在に至る。
この数年は岡山大学の山下敦先生のグループで顎関節症の研究と、体に優しく最小限の侵襲で出来るエンドポアインプラントに取り組んでいる。
平成16年から相模経済新聞にて歯の「健康Q&A」担当。
鹿島台小学校 学校医。
<<* 院長の診療方針>>
<<* 院長の自己紹介>>
 
 
受付・助手
 
小池 山室
衛生士(パート)
   
衛生士 前田    
殺菌・お掃除
 
小松 渥美  
 

平成28年4月9日 スタッフお誕生日会
 

【むらせ歯科で働いて】

受付助手 小池

 大学卒業後、他の企業に勤めましたが労働時間がとても長く、又、お休みもなかなか取れず体力的にもとても辛い思いをしました。

 むらせ歯科に勤めて約7年経ちますが、院長・スタッフみんな仲が良くとても居心地が良い職場だなと感じています。

 また、私自身全くの未経験からスタートしましたが、院長や先輩から丁寧に教えていただき、色々な面で日々成長出来ていると思っています。

 むらせ歯科は何と言ってもアットホームで、治療のことはもちろんですが、治療以外のことでも患者さんと色々なお話が出来ていて、歯科医院でありながら院内に笑い声が溢れることは稀ではありません。

 また、近隣の方はもちろん、県内だけではなく県外からも多 くの患者さんが来院されています。

 まだまだ勉強することはありますが、患者さん1人1人と向き合ってその方に合った治療方針を一緒に考えていけたら良いなと思っています!

 何でも相談して下さいね♪

平成28年9月


衛生士 前田

 私は、衛生士になってから、4年制大学に編入して、むらせ歯科医院でアルバイトとして働かせて頂きましたが、歯科医院として良い点が沢山有ります。

 ユニットの水は、スタッフがコップを置くと自動的に出るのでは無く、スイッチを押してから給水されるようになっていて、手間がかかっていて、衛生面でしっかりしていますし、診療ユニットは座り心地が良いです。

 診療が終わってからスタッフ任せにしないで、患者さんと予約テーブルで対面して先生が説明している点は、ほとんど他の歯科医院でやっていない事で、良いやり方だと思います。

 また、1人ずつ使う器具の滅菌がちゃんとしていて、患者さんから見えない部分をしっかり出来ているので、医療機関として、感染対策が確立されていて、良いと思いました。

平成26年4月


受付助手 山室

 私は平成26年の10月から、初めはアルバイトスタッフとして働き始めました。平成27年の3月に大学を卒後して、それからは常勤で働かせて頂いています。

 こちらに勤める前は一度しか歯医者に行ったことがありませんでしたが、私の母が長く歯科医院で働いていましたので、子供の時から興味が有りました。

 むらせ歯科では、院長や頼れる先輩スタッフの皆さんが一から丁寧に指導して下さり、日々目標を持って取り組むことで成長できる環境にあります。

 また、月一度のミーティングでは、知識や技術の向上に努めています。今後は私が出来る限り患者様に安心してご来院頂けるよう、いつも笑顔で明るく心を込めて接して参ります。

平成27年9月






院長の自己紹介
私の両親、村瀬永一(亡)、惇子は岐阜の出身です。父親の生家は事業家で、建築関係の事業をしていて父親の祖父の頃には50人ぐらいの職人が住み込みで働いていたようです。また、母親の生家は、今無くなりましたが、江戸時代からの医院で、親戚には100年を越えて続く医院もあり、私か兄のどちらかを医師にしたい気持ちが母親にあったようです。しかし兄は全く適性が無く、私も入院患者さんがいる母親生家の個人医院の日常を見ると事実上365日、24時間休み無しの状態でしたので医師になって開業するのはあまりにも大変過ぎると尻込みしていました。
 少年時代の写真。私はどれでしょう?
しかし一方、子供時代から私は手先が器用と言われて工作は得意でした。小学生でプラモデルを作ることに熱中して、渋谷にあった児童会館に入り浸って高学年ではだんだんとスケールアップしてラジコンの模型の船、飛行機と大人に混じって熱中していましたので、そんな姿を見た親は私には器用さが要求される歯医者が向いていると思ったようでした。また父親は、真面目な人で、東京に出てきて東京大学法学部4年のカリキュラムを2年で卒業した努力人間でした。その後は働きながら税理士資格を取っていましたが、自分で事業を起こすことはありませんでしたがその欲はあったように思っています。
そんなバックグラウンドがあったせいか、私も中学1年生の時に自分は歯医者になると既に信じていましたし、今のように歯科医として働いている様子を未来像として受け入れていました。

中学生、高校生になり、好きな音楽をやって行きたいとかも有りましたが、結局歯科医になることに落ち着き、自宅からすぐ近かった鶴見大の歯学部に入ることになりました。当時は歯科医院が患者さんで溢れかえり、歯学部が大変な人気の学科で10倍以上の倍率だった覚えがあります。大学3年から病理学の教授で、Periodontal disease を歯周病と訳した歯周病学会の重鎮であった秋吉正豊の教室で、毎週朝2回病理文献の輪読に参加する機会を持ち、卒業するまで約4年ほぼ毎週、英語とドイツ語で続きました。
秋吉教授は東京医科歯科大学の前身の歯学部を卒業して歯学部病理学教室の助教授でしたが、新設された医科歯科大学医学部の教授になられ、名誉教授、退官、鶴見大学歯学部教授赴任の経歴でした。
当然歯科のみならず、全身の病理学に精通していて、あらゆる病変に対しての深くて幅広い膨大な知識にはまるで山のような存在に感じました。
教授室は大変な数の蔵書に囲まれていて毎年5000冊は世界中で文献が出るから、英語やドイツ語は当たり前、スペイン語、フランス語、イタリヤ、ポルトガル、ロシア語と原書を読まれてもいたので、研究の世界最先端を進む背中には、ほとほと驚きました。教授から教わった病理学的な見方は、その後現在に至るまで私の歯科医療の基本的な部分を作っている財産です。また、人間として出来る努力の限界の高さを思い知らされました。秋吉教授は今においても私の心の中に恩師として生きていらっしゃいます。また同時に卒業する頃になると銀座、広尾で自費のみで診療していた大津晴彦に出会って、歯科の臨床の世界の幅広い可能性を感じるようになって行きました。こうした方々との出会いで感じたのは歯科についての深い知識や経験のみならず、幅広い人生経験、教養、人としての思いやり、マナーの素晴らしさ、意志の強さでした。全てが必要に感じましたが、これから長く歯科医をする以上、まず基本になる歯科の保存診療を極めて行きたい気持ちに突き動かされるようになって行きました。結局鶴見大学卒業後は長年世界の保存診療、修復学を牽引していた東京医科歯科大学、総山孝雄教授の第1保存学教室、歯内療法の砂田今男の第3保存学教室で臨床を学ぶことになりました。学生時代に、教授の書かれた書籍からその偉大さに感服していたことが影響していました。結局その後を含めて医科歯科大学保存学教室には10年近くお世話になりました。一つ一つのほんの小さなことにもそのエビデンスを大切にして、あらゆる角度から検証して基本に忠実であることは大きな学びでしたが、大学での臨床では、半年順番待ちしていた患者さんを自分の診療領域だけ診療して、他科に紹介するシステムでしたので、その中で精一杯なことをしても、結局1人の患者さんを最後まで責任もって診療しないことに、これで良いのであろうか、これで患者さんを幸せに出来たのであろうか、と疑問を感じるようになって行き、だんだんと自分で開業する道を探すようになって行きました。
その後は銀座で自費中心の歯科医院での勤務や、沖縄の自然豊かな地域での本当の意味での地域医療を学ぶことになって行きました。
自分に適した開業の場所を探し始めた時は昭和の終わり、今では昔の話になりましたが、バブルの時代でした。都心での開業では将来的に自分で土地建物を持つことは永遠に出来そうにもなく、それでいてあまりにも元々生まれ育った都心から離れることにも抵抗があったので、都内からそれほど遠くなく、それでいてこれからの発展を感じることが出来る町田市、相模原市を考え、現在の相武台前に落ち着き平成元年に開業になりました。

以来年々歯科医院は充実してゆき、現在は歯科医院として自己所有の100坪の土地建物で診療する事が出来るようになり、診療設備として世界中の歯科医の憧れであるドイツカボ社製の歯科ユニット、パノラマ、CTを揃えることが出来ており、駐車場も6台、スタッフも全員4大卒か、歯科衛生士で優秀な人材にサポートしてもらう事が出来ています。
歯科の診療は保存、補綴、外科、咬合、審美、定期検診から成り立っています。具体的には虫歯の治療、歯周病の治療、神経の治療、型どりしてセットする、ブリッジ、義歯を使う、親知らずの抜歯やインプラント、膿瘍、腫瘤の外科的処置、全体のバランスの良いかみ合わせ、本人の自己肯定感を増やす審美的診療に区分けされます。最終的にはそれらの長期的な安定を目的に、定期的チェック、メインテナンスとなります。
別の視点で見ると、
  1. 期間が長いか、短いか、
  2. 費用が多くかかるのか、安くできるのか、
  3. 我慢を強いられるのか、快適に診療を受けることが出来るのか、
  4. 診療の内容に疑問や不満が残るのか、完全に任せて大丈夫な信頼関係があるのか、
  5. 自分の歯を沢山削られてしまうのか、最小限必要なところだけを削るのか、
  6. 結局自分の歯を失うのか、長く自分の歯を自分の体の一部として残して使えるのか、
  7. 歯科医をはじめ医療関係者が自分の体を作業として扱うのか、自分に寄り添い、自分自身の体を扱うように大切に扱ってくれるのか、
以上1〜7の視点が有ります。
もちろん1〜7はその全てが後の方が良いわけです。
診療は大きなメリットがある反面、出来るだけ最小限のアプローチである必要が有ります。人の作る最高の物でも、指一本作ることは出来ないのですから常に診療は謙虚であるべき、必要かつ十分で有るべきであると考えています。
あらゆる症例において、診療しないことを含めて、現在のむらせ歯科医院は最善の診療を提供出来る準備が出来ています。
どうぞ何かあれば、相談、来院頂きたいと思っていますのでよろしくお願いします。

2016年12月6日
むらせ歯科医院 村瀬慶次
 
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〒252-0324 神奈川県相模原市南区相武台3−21−9 むらせ歯科医院/相模原・相武台/ 小田急線相武台前駅 徒歩8分 駐車場3台 TEL/FAX 046-252-6400
E-mail: 相模原 むらせ歯科医院 メール 座間市・大和市・海老名市・町田市・横浜市・八王子市他東京都、静岡県からも来院されています。
診療科目:一般歯科・小児歯科・歯周病治療・顎関節症治療・インプラント治療
むらせデンタルクリニック